先日、固定化した目標に向かって進んでいると、辿り着く景色は随分違うかもね。なんて、おかねのブログっぽいことを書きました。
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の続きみたいな。
ま、フツーに身銭切って生きていれば都度、逃げ水を追うような (炊き続けるお湯に差し水して適温維持するような?) 感覚に苛まれつつ目標修正するでしょうけど。
固定化の原因
政治・経済・金融を除けば、他紙と比べてまだ少しはマシと思う、日経よく読むXXになるの記事から派生した、『純金融資産5億円は超富裕層ではない』。という至極真っ当なご意見。
は、さておき、日経のは羨望ヒエラルキーを上下にアッチコッチ飛び過ぎではw
所属記者かフリーか知りませんが、私に負けてないなぁ ^ ^
閑話休題。
日々ゆでがえる状態なのは分かっているので、せめて目にするものだけは変わらない欲しい。
そんな願いか、長期間の実質賃金がアレな環境への配慮か、NRI (下表左) 、それに類似するリサーチ (下表右) の階層設定をモノサシとして記事が量産され、気になる人の意識に入り込んでいる印象。
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昭和の高度経済成長初期とは違い、ちょっとしたマンション1室すら躊躇することを考えても、実際に純金融資産5億円は超富裕層ではないわけで、いつまでも言葉だけが低位に留まっているから変な感じ。
勝手に階層を再定義
諸々データと私見を混ぜ合わせた、2026年現時点の階層はこんなところかなぁ。
分類 (左側)、平民的FIRE感は私見。さすがにUHNWIより上は、連綿とそこに居る or ビジネスでの到達が大半と思えば、下々が喧々諤々するFIREとか意識の中にないかと。
どこまでいっても上がある。
なので、自己目標に到達した平民は、階層云々より自分が満足する価値との交換分が確保できていればよく、交換するモノ・サービスの変動に負けなけないような何かを持っていれば十分ってことですね。
負けない何か。そこが一番問題かも。

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